MEDIA SKINはフリップカバーを閉じたままでは、何もすることができません。
これは購入前からすでに周知の事実でした。ですが、実際に手にして使ってみると、それによって捨てているものの多さに改めて驚かされます。そして「捨てたもの」のほとんどが、使い勝手に直結する部分であることも付け加えておきます。
- 時刻の確認
- 着信/メール有無の確認
- カメラの起動/撮影
- 着信応答
上記は、フリップカバーを閉じた状態で操作可能な機能として想起するものです。逆に言うと、これらの機能にはフリップカバーを開く必然がなく、ショートカットがあって然るべきです。上記の目的を達成する上では、フリップカバーを開くという動作が無駄にすら感じられ、大いに文句を言いたくなります。
ですが、そんなことを作り手側が気付いていないはずがなく、あえてそういう仕様にした意図を感じずにはいられないわけです。使い勝手を犠牲にしてまで目指す強いコンセプトがあったということでしょうか。
吉岡徳仁はとあるインタビューでこんなことを言っています。
世の中を見渡してみると、ほとんどの携帯電話が折りたたみかストレート、そのほかスライド式などもありますが、ほぼ形が決まってしまっていました。 それで、今ないものということを考えたときに行き着いたのが、この形でした。
フリップカバーの採用はデザイン的な要因が強かったことがうかがえます。実際の経緯を知ることはできませんが、とにかく、一切のボタンはフリップカバーの下に隠され、一切の操作はフリップカバー開閉動作を伴うことになりました。
一方で、ボタンという“機能”と直結したエレメントを排除したことで(外装から)、これまでの携帯電話のデザインからは一線を画しており、固体として完結されたデザインは非の打ち所がないほど完成されています。あらゆる無駄を削ぎ落として削ぎ落として、最後にキモとなる「触感」を付与された固体は、長く使っていきたいと思わせてくれるデザインに仕上がってます。
吉岡徳仁はまた、フリップカバーについてはこんなことも言っています。
電話が小さくなると“片方の手で口を覆う”ように話すことが多く、どうしても背中が丸まってしまう傾向があります。僕は携帯電話というのは“話しているときのスタイルがとても重要”だと思っています。自然に構えられるこのスタイルにしたのもこのためです。
なるほど、そしてさすが。手で操作する場面だけではなく、通話中の些細な人の動作まで考えられています。ほんの少しだけ分かった気がします、「意図」が。ですが、まだあとの9割は腑に落ちていません。
プロダクトのデザインとしての完成度が「長く使える」ということに寄与していることは間違いありません。ですが、それは使い勝手を伴ったときにはじめて体を成すはずです。言うまでもないことを書いていますが、それらが絶妙な具合で折り重なったとき、バランスという言葉が不要な域に達するのかも知れません。また、その到達点を測るには、一度どちらかに振り切れることも実験としてはやるべきで、正しいとも思います。
MEDIA SKINがもし、デザインを追求する方向へ振り切れるつもりだったのれあれば、盛りだくさんにしすぎた機能(カメラ・ワンセグ・ラジオチューナー・おサイフケータイ・フルブラウザ)は切り捨てるべきだったと思うし、もし、長く愛される携帯を目指していたのであれば、ソフトフェアまで吉岡徳仁は見るべきだったと思います(ソフトウェアについては言いたいことがあり過ぎるのですが、あまりにも考えられていないのでやめます。もっと気にして欲しかった・・)。
というわけで、9割は腑に落ちないままですが、ここまで書かせたMEDIA SKINはすでに(現段階では)愛されているのだと気付きました。
“感じる”携帯を目指して──「MEDIA SKIN」へ注がれた愛情
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0703/20/news012.html

